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新潟地方裁判所 昭和53年(行ウ)4号 判決 1980年3月28日

原告

池田米一

右訴訟代理人

坂上富男

片桐敬弌

外二七名

被告

新潟地方法務局柏崎支局登記官

田中昭治

右指定代理人

小沢義彦

外九名

主文

原告の新潟地方法務局柏崎支局昭和五二年一一月二九日受付第二四八〇八号の建物表示登記申請について被告が昭和五三年一月三一日付でした却下決定はこれを取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一<証拠>によれば、本件第一、第二の各物件は原告ほか一〇名の共有に属することが認められるところ、原告が右各物件につき新潟地方法務局柏崎支局昭和五二年一一月二九日受付第二四八〇八号(本件第二物件関係)、同第二四八〇九号(本件第一物件関係)をもつて建物表示登記申請をしたのに対し、同庁の登記官である被告が昭和五三年一月三一日、いずれもこれを却下する旨の決定をしたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、右決定は、本件第一、第二の各物件は「その立地条件・構造・利用目的等を総合判断すると、建物として取引の対象となり得ない単なる仮設物というほかなく、登記し得る建物とは認め難い……」ことを申請却下の理由として挙げていることが明らかである。

二ところで、民法は土地およびその定着物をもつて不動産とし(第八六条第一項)、不動産に関する物権の得喪および変更は登記法の定めるところに従いその登記をしなければこれをもつて第三者に対抗し得ないとしている(第一七七条)が、不動産登記法上では、土地の定着物のうち建物のみがその敷地である土地とは独立に登記の対象となるものとされ(第一四条以下)、土地の定着物であつても建物でないものは特別法による例外(立木ニ関スル法律にいう立木)を除き独立に登記の対象となるものではない。しかし、ここに建物とは土地の定着物のうちどのようなものをいうかについては同法に明文の定義的規定はなく、結局のところは社会通念によつてきまるというほかはないのであるが、一般には「建物とは、屋根及び周壁又はこれに類するものを有し、土地に定着した建造物であつて、その目的とする用途に供し得る状態にあるものをいう(不動産登記事務取扱手続準則第一三六条第一項)。」と解されている。また同法は建物の表示の登記においては建物の所在、種類、構造および床面積等を登記することを要するとし(第九一条)、同法施行令は、ここにいう種類は「建物の主たる用途」により、構造は「建物の主たる部分の構成材料、屋根の種類及び階数」により、床面積は「壁その他の区画の中心線で囲まれた部分の水平投影面積」によりそれぞれこれを定めるものと規定している。以上のことからすれば、ある構造物がその所在する土地とは独立に登記の対象となる建物といい得るためには、当該構造物は(1)土地に定着していること(定着性)、(2)材料を使用して人工的に構築されたものであること(構築性)、(3)屋根および周壁等により外気を分断し得る構造を有していること(外気分断性)、(4)屋根および周壁等の外部構造によつて区画された内部の空間には一定の用途に供することの可能な生活空間(人や貨物の滞留が可能な場所)が形成されていること(用途性)、以上の四つの要件を具備していることを要すると解するのが相当である。そして、右(1)にいう定着性とは単に当該構造物が一定の土地に物理的に付着していることのみをいうのではなく、そのような状態において通常はそのものの社会経済的効用が尽きて無用となるまで継続して使用されることがその取引上の性質となつていることをいうのである。したがつて、たとえば、住宅展示会場に築造されるモデルハウスや工事現場に設置されるいわゆる飯場のごときはそれが一定の土地に物理的に付着してはいても展示会の終了あるいは工事の完成など、目的の達成に伴い撤去されるか、他の場所に移されるのであつて、一定の土地に付着された状態で継続的に使用される性質のものではないから、定着性を有するということはできない。そのほか、被告は登記が不動産取引の安全をはかる制度であることを根拠として、その対象となる建物といい得るためには、当該構造物が取引の対象となり得るものであること(取引性)をその要件に加えるべきことを主張するが、今日のように高度に発達した経済社会のもとにおいては、あらゆるものが商品化されて取引の対象となる可能性をはらんでいるのであつて、前述した四つの要件を具備する構造物であれば、特段の事情がない限り、当然に取引の対象となるとみて差支えないのであるから、右のような構造物ではあつても取引の対象となり得ないことが客観的に明白である場合にはこれを登記の対象となり得る建物から除外すれば足り、ことさらに「取引性」をその積極的な要件として挙げるまでの必要はないものと考える。

そこで、以上のような見地に立つて本件第一、第二の各物件が登記の対象となる建物といい得るかどうかについて検討するのに、右各物件はそれぞれ別紙物件目録記載のような種類・構造・床面積のものであつて、いずれもコンクリートで基礎を打ち、その上に角材を組み立てて築造したものであり、屋根および周壁を有していることは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、(1)右各物件は海岸の砂浜上に、主として既存の家屋を取り壊したあとの古材を用いて築造されたものであつて、屋根および外壁には波型のトタン板が、内壁、天井および床にはベニヤ板が、それぞれ使用されていること、(2)そして、本件第一物件の内部は畳敷の六畳間と物入れから成り、東、南、北、の三方には窓があつてアルミサッシまたは木枠のガラス戸がはめられ、出入口にはベニヤ板製のドアーが取り付けられていること、右物件には給水設備はなく、これに付属して便所、物置および風力発電設備が設置されていること(ただし、便所と物置が設置されていることは当事者間に争いがない)、(3)また本件第二物件の内部は畳敷の六畳間とこれよりやや小さい板の間および物入れから成り、板の間の一部が仕切られて脱衣室となつていること、そして、その出入口にはベニヤ板製の板戸が取り付けられ、東、北、西の三方の窓にはアルミサッシのガラス戸がはめられていること、そのほか、右物件にはこれに付属して便所とポンプ式井戸一本が設置され(ただし、この点は当事者間に争いがない)、井戸ポンプには簡易なシャワー設備が取り付けられていること、(4)そして、本件第一、第二の各物件とも通常の強風には十分耐え得る構造を有すること、が認められる。

以上の事実によれば、本件第一、第二の各物件はいずれもそれが海岸の砂浜上とはいえ、物理的に一定の土地に付着し、構築性および外気分断性を具備していることは多言を要しないところであり、またその築造のために用いられた資材の材質は比較的粗末なものであり規模も小さく構造も簡易なものであるが、本件第一物件は人の会合等の場所として、本件第二物件は海水浴客等の休憩所等として、それぞれ利用し得る状態にあるということができる。

しかしながら、<証拠>によれば、

(1)  本件第一、第二の各物件はいずれも新潟県柏崎市議会が同市刈羽地区に東京電力株式会社(以下、東電という)の柏崎・刈羽原子力発電所(以下、原発と略称する)の誘致決議をした後、原発建設へ向けての諸手続が具体的に進行する過程で、地元住民の一部を中心として原発建設反対運動が顕在化した昭和四九年四、五月ごろ、反対派住民によりその建設予定地内に築造されたものであり、右各物件の屋根および外壁には「原発阻止」などのスローガン的文言がペンキで大書されているほか、本件第一物件の内壁にも類似の文言が無数に記載されていること、

(2)  東電が原発の建設を進めている地域は同市刈羽地区の日本海に面した海岸の砂丘と内陸部に続く山林地帯であつて、右各物件はいずれもその中を海岸に沿つて南北に走る国道八四二号線の西側、海寄りの砂丘上に築造されており、本件第二物件は同市荒浜地区の集落の北端から北北東へ約一キロメートルの、波打際から約五〇メートル、標高約六メートルのところに、本件第一物件はそこからさらに同一方向へ約一キロメートルの、波打際から約九〇メートル、標高約7.7メートルのところにそれぞれ所在し、付近には人家等は一軒もないこと、

(3)  原告をはじめ右各物件の共有者一一名はいずれも同市荒浜地区の住民であつて、永年その地にあつて漁業等を生業としてきた者であること、

以上の事実が認められる。

右事実によれば、本件第一、第二の各物件はいずれも原発の建設に反対する原告を含む地元住民がその反対運動の一環として築造したものであり、とくに本件第一物件はもつぱらそのための会合や東電をはじめ原発の建設を進める側の動きを現地で監視するために利用され、あるいは右反対運動のいわばシンボルとしての役割を荷うためのものであることが明らかである。そして、地元住民をはじめ多数人を糾合して展開される原発建設反対運動は、それが目的を達してか、あるいは不成功に終つてかは別として、その運動の性質上、いずれは何らかの形で終息を迎えるものであり、本件第一物件がもつぱらそのために使用されるものであつて、前述したようにその築造のために用いられた資材の材質は比較的粗末なものであり規模も小さく構造も簡易であること、そのほか右認定のような立地の条件などを合せて考えれば、右物件はその社会経済的効用が尽きると否とにかかわりなく原発建設反対運動が終息するに伴つて用のないものに帰するものと推認するに難くないところである。そうすると、右物件は一定の土地に物理的に付着してはいても、そのような状態において継続的に使用されることがその取引上の性質となついるということはできないから、これが登記の対象となる建物とは認められないとして原告の建物表示登記申請を却下した被告の決定は何らの違法はなく、右物件に関する原告の請求は理由がないものといわなければならない。

また本件第二物件が原発の建設に反対する原告を含む地元住民によつてその反対運動の一環として築造されたものであることは前述したとおりであるが、右物件は本件第一物件とは異なりその利用目的は海水浴客等のための休憩所等であつて直接右反対運動のために利用されるものではなく、休憩所等の目的の用に供するに必要な脱衣室、便所、ポンプ式井戸およびシャワー設備など、一応の施設が整つていることはすでに述べたとおりである。のみならず、<証拠>によれば、(1)本件第二物件の所在する付近の海は遠浅で海水浴には適しているが、従前は付近に休憩所などが全くなかつたため訪れる人もなかつたが、自家用自動車の普及に伴い、昭和四七年ごろから夏場には海水浴、釣り、キャンプなどのため地元柏崎市の住民ばかりでなく他市町村からも訪れる人が多くなり、かなりのにぎわいを見せるようになつたこと、右物件は築造後、これらの海水浴客等に無料で開放されており、付近にはほかな着替えをし、用便を済ませ、また真水の使用できる施設がないので、これを利用する者は相当数にのぼつていること、(2)また原発建設に反対する地元住民は予てから右物件が所在する付近一帯の海岸について柏崎市荒浜地図の住民が共有の性質を有する入会権を有していると主張し、新潟地方裁判所長岡支部には東電ほか一名を相手方として右主張を前提とした訴訟も係属していることが認められる。これによれば、右物件は実際にも原発建設反対運動とは直接のかかわりのない海水浴客等の休憩所等として本来の目的の用に供されているのであり、原告ら原発建設に反対する地元住民の一部がその建設予定地内に右物件を築造したのはこれが所在する付近一帯の海岸について自己の権利を主張するための一手段とみられなくもないのである。以上のような右物件の用途、規模、構造、立地条件、築造の動機ないし目的ならびに現実の使用状況に鑑みると、右物件はそれ自体として一定の土地に物理的に付着した状態で継続的に使用されるという取引上の性質を備えているということができ、現実にはともかくとして、その性質上、これが取引の対象とはなり得ないと断言し得るほどの明白な事実も存しない。もつとも、右物件は東電が柏崎市から買い受け少なくとも登記簿上は同会社の所有となつている土地上に無断で築造されたものであり、保安林指定区域内にもかかわらずこれを築造するについて行政当局の許可を得ていないことは弁論の全趣旨に徴して明らかであり、原発建設工事の現実の進行ともからんで、右物件が将来現実にどのような運命をたどるかは問題の存するところではあるが、このことは右物件それ自体の取引上の性質に直接影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。そうすると、右物件は登記の対象となる建物といい得る要件を具備しているものというべきであるから、これにかかる原告の建物表示登記申請を却下した被告の決定は不適法なものというほかなく、取り消しを免れない。

三よつて、原告の本訴請求は右説示の限度で理由があるからその範囲で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(山中紀行 大塚一郎 木下秀樹)

物件目録

第一物件

所在 柏崎市青山町字下浜一番地一

種類 集会所一棟

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 11.32平方メートル

第二物件

所在 右同所同番地

種類 休憩所一棟

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 16.59平方メートル

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